楽しくなければ、個人発明は実らない

創意工夫に長け、生活の中の不便さを自らのアイデアや小発明で解消している人たちがいる。また、純粋に発明を趣味にしている人たちも意外と多い。

ところが、こういう人々はとかく、オタクとかマニアだと思われていたり、また趣味の発明にしても、お年寄り(年配者)の実用的な趣味といった、少々偏ったイメージで見られてきた。たしかに、個人で発明に取り組む人たちの中には、自称「発明工作マニア(発明オタク)」がいたりもする。それに、発明を知的な趣味として楽しむ奥様連中もいるし、また発明道楽に打ち込む定年退職組もいる。でも、それはそれで結構ではないか。

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そういう人たちを指して、一方的にオタクとかマニアとか、あるいはお達者クラブ的だと揶揄するのは、発明生活の醍醐味を経験していない人だ。また、発明をなにか非常に小難しく考えて、発明家は特別な頭脳の持ち主であり、自分にはまったく異質の世界と見ている人でもある。こういう偏見や先入観(カベ)がある限り、たしかに発明生活は遠いところにある。

趣味の発明や個人発明はもっと気楽なものである。それに、人間はなにか建設的で創造的な作業に勤しんでいるときが、いちばん幸福であり、快感を感じるときでもある。いまは個人発明が許されている時代だが、昔の日本では、発明をして何か有用なものをつくっても、むしろそれが罰せられる対象にもなったのだ。つまり、「新奇御法度(1721) 」のことである。だから、この時代に生きていることを感謝しないとならない。

そして、誰でも小物発明(趣味的なものでも)からヒット商品を生み出す可能性があるのだ(ここでは、「小物発明」というのを小発明と同義に使っている)。

「アイデアの生み方・育て方」では、そうしたヒット商品に結びついた思いがけぬヒントやアイデアのエピソードを紹介しつつ、アイデアの生み方(発想法)について述べてきた。人間の創造性という能力についても触れ、この創造性を開花させる種々のノウハウの話もした。

特に、右脳が図形とか空間(方向感覚)を認識する能力やイメージ能力に長けており、創造性に関しては左脳以上のものがあることから、この右脳についても少し考察してみた。そして、右脳の得意とする空間能力や図形思考を訓練するには、日本に昔からある折り紙遊びやあやとりなどが優れていることも述べた。それらはパターン認識的な能力を養うからである。

もちろん、発明思考のためには右脳だけでも片手落ちであり、やはり左脳とも連携していることが大事だろう。右脳がクリエイター(または芸術家・哲学者の脳)とするなら、左脳はそれを管理・運営するマネージャー(または研究家・科学者の脳)といえよう。

大脳の機能を活性化させるには、指を使う作業が適していることも前に述べた。なんにしても、興味を持って打ち込める対象を見つけ、それを理屈抜きに楽しめれば、本当は脳にとってもいちばんよい。

右脳はクリエイターであり、左脳はマネージャーである。

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