ジャグリング(大道芸)は能力開発にも適す

私の友人には、風変わりな芸を身につけている者が多い。手品のタネを体中に仕込み、機会があれば、どこでもマジック(かなりレベルが高い)を披露する者や、ジャグリングという大道芸の技に凝って、やはりそれらの道具をリュックに詰めている者、それに、あらゆる武道を極めようと暇さえあれば武術の稽古を積んでいる者など、個性豊かだ。

かくいう私についても、彼らはこぞって、「いちばんの変わり者だ」と声を大にする。百種以上ある原子の周期表から、その全ての原子の名前と番号を暗記しているということ、韓国語やヘブライ語、それにエスペラント語などを研究し、独特の言語論を展開し、そうかと思うと、カイロプラクティック施術をしていた、その同じ時期に、大学病院では肝臓移植実験の研究員などもやっていた、という具合に、これらが「変わり者であること」の引き合いに出されるのだ。

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たしかに、カイロプラクティックはギリシャ語で「手技」という意味であり、これによって手はよく使っていたし、大学の研究室でも顕微鏡を覗きながら細い血管を何本も縫ったりしたので(顕微手術)、みな手を使う技芸ではある。技とか芸は、いったん体が覚えてしまうと、あとはしばらく芸から離れていても、なかなか忘れないものだ。学生のころ、指の先でクルクルッとペンを回す「ペン回し」というのが流行っていたが、そのときには興味はなかった。ところが、私の場合は社会人になってから、そのペン回しを習得した。

図書館で調べものをしていたときに、ふと目にした少年が勉強をしながら、華麗にペン回しをしているのに見入ってしまったのだ。見ていると、逆にもペンを回している。彼は一心不乱に教科書と取り組んでいるのにもかかわらずにだ。

彼にとって、ペン回しは頭で回しているのではなく、体が覚えた結果として、指先にペンを持つと、条件反射的(無意識的)にそれを回してしまうのだろう、と思った。周りを見回すと、なんと他にも回しているものが大勢いるではないか。別に学生に限らない。大人にしてもだ。

「なんてことだ、こんなに流行っていたとは知らなかった・・」これが日本人独特の技芸になるのかは分からない。しかし、少なくとも、外国に行った際に、これができると、向こうの人は面白がるかもしれない、と思った。一つの技芸としても見直してみた。

そこで、自分もペン回しの練習をすることにしたのだ。しかし、最初は頭で考えながら、行うので、何度もペンを落としたりもした。当時、私は医療情報を翻訳する会社に勤めていたのだが、翻訳中も練習をしていたので、落としたペン先のインクで書類を汚してしまうことも、しばしばあった。気がついたら、書類がインクの染みで真っ黒になっていたこともある。

そうこうして何週間か続けているうちに、ある程度はできるようになった。そこで、逆回しにも挑戦した。一つの技術を徐々に体が覚えていく過程に注目し、それをイメージしていた。「いま、新しい脳神経のネットワークが出来つつあり、また、これまでは使うことのなかった細かい筋肉とそれを動かす神経が活性化しつつあるんだ・・」こうして、何ヵ月かすると、ペン回しが完璧にできるようになっていた。

ペン回し習得の後には、コイン・ローリングというテクニックにも挑戦した。こちらは、手品芸の一種である。手の甲に乗せたコインを指をわずかに動かすことで、端から端まで華麗に転がすというものだ。これが両手を使って交互にできると、コインがどこまでも優雅に転がっていく様を演出できる。

これも練習を重ね、次第に出来るようになった。最初のうちは、コイン(10円とか100円)を何度も落として無くすようなこともあったので、途中からゲームコインを持つようにして、それで練習を続けたりした。さらに、ジャグリングの芸のなかにボールを使うものがある。日本のお手玉での技と似ているところもあるが、これがまた、筋肉と神経のネットワーク形成や能力開発には、打ってつけだと思うのだ。もちろんのこと、練習に励むことにした。

まずは3つのボールを使って、それらを交互に空中に舞わせるようになることを目指した。その際、なにもできない状態から、ある程度のコツを掴むのには、どのくらいの時間を要するのだろうと思い、さいしょは連続してボール投げの練習をしてみたのだ。すると、体がだいたいのコツを掴むのには、3時間くらいだということが分かった。もちろん、個人差もあるだろうが・・ ところで、やはり翌日には、腕が筋肉痛になっていた。

このように、手品、手芸、あやとり、ペン回しなど、遊びにせよ、技芸にせよ、手を使うような技をなにか覚えておくことは、脳を活性化することに大いにつながるのだ。脳がフルに動いているときは、自然と手も動かしたくなる。逆に、手や指をリズミカルに動かすことは脳の活動をも促すことになるのだ。ジェスチャーをまじえながらのほうが上手く話せるが、それも脳と手の関係から明らかなことである。

図書館での少年が教科書を読みながら、クルクルッ、クルクルッと器用にもペンを両方向に素早く回していたのは、脳の活動状態を反映していたのだ。脳の中では指の支配領域がいちばん広い面積をもっていることは、古くはペンフィールド医師によって発見されていた。哲学者のカントは、「手は外に顕れたる脳髄である」といった。また、手を使う仕事を長年続けている人は、かなり高齢になってもボケにくいことは、よく知られている。

ある会社で「能力開発」について講義を頼まれたときに、私は、ここで述べたことを話した後に、ペン回し、コイン・ローリング、それにジャグリングなども披露しながら、体に覚えさせることの重要性とそれが能力開発には有効な手段であることを力説した。

ジャグリングには、ほかにもデビルスティックとかディアブロ、シガーボックスなどの道具もあるが、ある程度の広い場所がないと練習は難しい。ところで、ブルー・スリーのように、ヌンチャクをあのような速さで回せるようになれば、あれも一種の大道芸になるだろう。

ここでの話しをまとめると、「手(体)が覚えた技芸の分だけ、脳には特有の神経ネットワークの空間(場)ができるので、同時に、あらゆる創造性の可能性も広がっていく」ということだ。

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