特許を自分で出す人、プロに頼む人〔その2〕

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■素人の「生兵法は怪我のもと」か?

たしかに、誰が書いても、作成した特許願を特許庁へ提出しさえすれば、その日が「出願日」として確定されます。

ところが、「出願日の確定」ばかりを重視して(急ぐあまり)、書式的にも内容的にも稚拙なまま出願してしまうと、案の定、後日特許庁から、提出した特許願の「補正命令」が届くことにもなるでしょう。

そうなると、こんどはそれに対する「補正書」を書いたり、他にも見つかった不備な箇所を訂正する書類を作成したりと、多くの手間と余計な時間を取られることになります。また、他にも特許庁とは(その後も)、いろいろな書類のやりとりがあるのです。

「補正書」くらいなら、まだ自分で作成することもできますが、そのうちに「拒絶理由の通知書」などが届いたりすると、もうお手上げ、といった感じです。

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どう対処していいのか分からなくて(すっかり困り果てて)、その時点で「やっぱり弁理士に依頼しよう」と思うかもしれません。

ところが、です。いくら優秀な弁理士であっても、途中から「そうした素人の書いた明細書」の不備や、拒絶理由に対する対処を求められても、うまくいかないケースが多いのです。

すでに出願されてしまっている「明細書」には、新たな技術的説明を追加することもできません。つまり、修正できる範囲が制限されているからです。

けっきょく、その危急にさらされた特許願は、弁理士が駆けつけたときには、すでに事切れていた、ということにも、なりかねないのです。

この場合は、「素人の生兵法ゆえの結果」ということになります。

■安く済ませようとして、かえって「特許貧乏」にも?

経費節減のためとはいえ、それによって、これから莫大な利益を生むかもしれなかった特許の権利(命)を、このケースの場合では、みすみす放棄してしまったのです。

こうなると、自分で出願しても最低限はかかる「特許印紙代」さえ、無駄になってしまいます。特許願が、ただの紙になってしまうのです。

むしろ経費節減どころか、けっきょくは(長期的なスパンで見ると)、経費を浪費していたことにもなるのです。それこそ、本当の「特許貧乏」とも言えるでしょう。

「安く済ませようとしたばかりに、むしろ『特許貧乏』となってしまった・・・」

これでは、何のための出願だったのか、まったく本末転倒な結果です。もともと何を護ろうとして出願したものだったのか?それは権利だったはずです。

こんなことにならないためにも、また「強い権利」を取得するためにも、発明の内容によっては、最初から弁理士に依頼しておくほうが、明らかによい場合もあるのです。

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